昭島市玉川町

January 02, 2007

初詣 昭島 目黄不動

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目黄不動1

 昭島市玉川町の天台宗の真覚寺です。「目黄不動」として有名です。「家内安全」「交通安全」「商売繁盛」「学業成就」などのご利益があるとのことです。

 

 

 

目黄不動2

 真覚寺本堂です。

 

 

 

 

目黄不動3

 こちらが目黄不動尊堂です。「めきめき良くなる」目が黄金色で霊験あらたかな「厄除開運」の不動様ということです。

 

 

 

 

目黄不動4

 正月の三が日だけ「ご開帳」で目黄不動を見ることができます。目の黄色い不動様を写す事が出来ているでしょうか?

 

 

 

目黄不動達磨

 3日まで達磨市も行っています。駐車場は近くにあります。

真覚寺 目黄不動尊 

昭島市玉川町5−9−27 

目黄不動の地図はこちらへ

JR青梅線東中神駅・中神駅下車徒歩7分または立川駅北口より立川バス玉川小学校停留所下車徒歩2分

 目黄不動の以前の記事はこちらへ(目黒不動・目白不動のことなど)

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November 08, 2006

昭島 おいしいラーメン ○決(まるひろ)再訪

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 HIROLINさんの書き込み(つけめん美豚)で、東中神駅近くのラーメン「○決=まるひろ」へ行きたくなりました。○決でなぜ「まるひろ」かは、前回の記事をごらんください。

 12時くらいに行ったので、混雑していました。私たちが食べている間に、行列ができました。相変わらず人気のあるラーメン屋さんです。

 ラーメン中盛600円にワンタン200円をつけて食べました。写真は今回ありません。前回の取材はこちらへ 「昔ながらのラーメン」という感じで、大好きな味です。

 店長さんのきびきびした動きが、見ていてうれしいものでした。

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September 10, 2006

昭島 十二神社の謎

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12神社1

昭島市玉川町の「十二神社」です。ひとつの神社なのに十二神社です。謎です。大げさですが。

  8月に書いた真覚寺「目黄不動」の近くにあります。2003年に移設されました。江戸街道と奥多摩街道の間にありましたが、その二つをつなぎ和田橋に伸びる道にぶつかるために移されました。

 

 

 

12神社2

 写真は7月に目黄不動と一緒の日に撮影しました。

 「これが目黄不動です」「これが十二神社です」と載せるだけなのもなー、と毎日考え続けました。それはウソですけど。

8月14日に目黄不動の記事を書いたのは、目黄が目黒や目白と関係があることを知ったからでした。(都心の方に多い五色不動がなぜ昭島にもあるのか今も不思議です)

目黄不動の記事はこちらへ

十二神社が、なぜ十二神社という名前なのか?管理人は気になるのですが、説明が神社のどこにも書いてないようでした。

 「他の人は気にならないのかなー」と9月になってしまいました。

するとちゃんと本に書いてありました。武蔵野郷土史刊行会・有峰書店共同刊行『多摩の歴史4 立川市・昭島市・福生市・瑞穂町・羽村町』です。

 昨日管理人の母の本棚で見つけました。羽村町とあるのは刊行が昭和50年だからです。

本文をそのまま写します。

「真覚寺より更に西方百メートル(昔の位置です)。そもそもの始めは十二権現といっていたが、明治二十九年に現社名に改められたのである。この神社は縁起よりも祭神の方がややこしい。即ち天地草創の神々で、日本書紀によると、国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさづちのみこと)、豊斟渟尊(とよくむねのみこと)、の三神と、男女の神二神を一代として埿土煮尊(うじにのみこと)、沙士煮尊(すいじにのみこと)で一代、大戸之道尊(おおとのじのみこと)と大戸苫辺(おおとまべのみこと)で一代、面足尊(おもだるのみこと)と惺根尊(かしこねのみこと)で一代、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いぢなみのみこと)で一代合わせて四代、三神四代で天神七代といい、天照大神(あまてらすおおみかみ)、天忍穂耳尊(あめのしほみみのみこと)、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鸕〔滋の右側=つくりに鳥〕草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)を地神五神というのである。合計して七神と五神で十二神ということになるわけだ。」

 写すだけでも大変な説明です。実に欲張った神様のオンパレードです。本に書いてあっても管理人は「でもなぜ十二なの?」と納得がいきません。

 この神社だれが拝んだのだろうと気になりました。おかしな場所にあるからです。目黄不動は、築地(ついじ)の人たちが文化八年の洪水後川原の方から移った時に移転したものだとあります。この神社も築地の人たちが拝んだものでしょうか?

 そんなことを考えていると同じ本の中に次の記述を見つけました。

「築地の渡船場」 馬を耕作用に船で渡すので人は渡さないから税金を取らないでという文が万延二年(1861年)の陳情としてあるそうです。

 その陳情には「これは最寄の十二か村が川の両側へ耕作に通う渡舟であり、凡そ百五十年前からやっていることで・・・」税金・年貢は取らないでくださいという訴えです。

 管理人は、この「十二か村」の「十二」と「十二神社」の「十二」が関係していないのかな、と勝手に楽しんでしまうのでした。

十二神社の地図はこちらへ

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August 14, 2006

昭島市 目黄不動

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目黄不動1

 昭島市玉川町5−9−27にある真覚寺です。天台宗。築當山。不動堂にある目黄不動尊が、有名です。今日はこの目黄不動尊のお話。

 

 

 

目黄不動2

 これが不動堂。

 まず不動尊=不動明王のおさらい。

ゆるぎない不動の心。明王とは知恵の王という意味。右手に剣左手に縄を持つ。炎を背おった怒り形相(おこりぎょうそう)の姿がゆるぎのないこころをあらわす。難を除きすべての人に利益(りえき)を与えてくれるといわれています。成田山新勝寺が有名です。

不動明王くわしくはこちらへ

 揺るぎが無くて知恵の王ですから、「家内安全」「交通安全」「商売繁盛」「厄除け」「災難除去」「開運吉祥」「学業成就」等の功徳があります。

 

目黄不動3

 これは鐘楼です。では「目黄」って何?

不動尊の目の色が黄色だから目黄不動だとういうのですが・・・

★方角説

江戸幕府三代将軍徳川家光が、王城鎮護の四神にならい江戸城の四方に配してあった目黒・目白・目赤・目青に目黄不動尊を加えて「五目不動」にまとめたといいう説です。

 以後「江戸五色不動」となった、と言われています。これは、五色=方角説になります。

東=青=青龍  南=朱=朱雀  西=白=白虎 北=黒=玄武

中央=黄=皇帝

ただし、江戸時代後半まで目青・目黄不動は存在しなかったという説もあります。

★この世の中は 地=黄 水=黒 火=赤 風=白 空=青の五大要素から成り立つという密教の考えによるという説。

★江戸五街道守護説 東海道=目黒不動(龍泉寺) 中山道=目赤不動(南谷寺) 川越街道=目白不動(新長谷寺) 甲州街道=目青不動(教学院) 日光街道(奥州街道)=目黄不動(永久寺)水戸街道=目黄不動(最勝寺)

★江戸と武蔵野の結界説

★八代将軍徳川吉宗休養所5ヶ所起因説

★もとは目黒不動だけで、黒白の連想から目白不動が出来た。後は、江戸庶民のしゃれから「五色不動」になったという説

★馬の毛並みや目の色と関係しているという説(江戸には駒場・駒沢・高田の馬場など馬と関係する地名が多いから不思議では無いとする説)

 はじめ目黒にだけ不動尊があったのは、確かなようです。目黒にある不動尊だから「目黒不動尊」という名でした。黒があるんだから白もあって良いだろうと「目白不動尊」ができて、地名の目白はそこからついたのかも。江戸を守るという意味で、黒白赤青黄と増えていったらしいのですが、詳しくは不明です。

どれが本当かわからないくらい「江戸五色不動」の起因説はあります。江戸目黄不動は、江戸川区平井の「最勝寺」と台東区三ノ輪の「永久寺」などが「目黄不動尊」の本家争いをしています。

 

目黄不動4

 昭島市玉川町の真覚寺本堂です。

 

 

 

目黄不動5

 絵馬がありました。「学問成就」の合格祈願が多く書いてありました。

 

 

昭島市 目黄不動 昭島市玉川町5−9−27

目黄不動の地図はこちらへ


 

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May 06, 2006

昭島 薬袋さんの謎 3 三田明も登場

薬袋さん1 「薬袋さんの謎」の続きです。私が、小学生の時に、兄から聞いた話です。昭島の福島町には、薬袋さんと三田さんが多い。昭島が生んだ大歌手、三田明(本名は、辻川潮)は近所に三田さんが多いから芸名にしたとか。(三田明「美しい十代」懐かしいです)

注意 近所に三田さんが多いから→「三多摩の三と吉田正の田を取ったと言うのが正しい」というコメントを頂きました。

薬袋さん2 時は戦国時代、しかし登場するのは武田信玄ではなくて織田信長です。信長は大切にしていた薬籠を落とします。「だれか余の薬籠を見たものはおらぬか」とか何とか言った。相手は信長、下手な返事をしない方が良いと皆「見た」とも「見ない」とも返事をしない。その時「見た」というもの一人。「見ない」というもの一人。命知らずの二人だけが、返事をした。見たという者の話で薬籠が戻った信長機嫌が良くなり、返事をした二人に褒美をあげ、新しい苗字を与えて重用した。その時、何を思ったか「見た」と返事をした者に「薬袋」で「みない」の姓を、「見ない」と言った者に「見た」の「三田」の姓をあげたという。なぜ逆にするのか、皆不思議に思ったが恐ろしくて信長に質問できない。後に二名とも徳川家康に仕えて今の昭島の地に移り住んだというもの。

 私は、これが真実だと長い間信じていました。でも、昭島の福島町に薬袋さんと三田さんが多いから、後で作られた話のようです。ひょっとすると三田明が有名になった頃に作られた可能性もあります。まさか兄の創作ではないと思いますが。

薬袋さんの謎は、これで終わりとなりますが、他の説などを知っていらっしゃる方はコメントかメールを。

三田明のホームページはこちら

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May 05, 2006

昭島 薬袋さんの謎2

前回の答です。1 一=にのまえ(一は二の前だから)  2 い=かながしら(「い」は、いろはのかなの先頭・かしらだから)3 白=いちたらず(百に一たりないから) 4 浮気=ふけ 5 四月一日=わたぬき(昔は4月1日に衣のわたをぬいて季節に服をあわせたことから)

 四月一日と似た発想の苗字に、八月一日=ほずみ(稲の借り入れで穂を摘むから) 栗花落=つゆり(栗の花が落ちるころ梅雨入りなので、「つゆいり」の「い」が落ちて)などがあります。

 浮気さんと同じようにちょっと困るかもという苗字に、「鼻毛さん」「死神(ししん)さん」「名無さん」「助平(すけひら)さん」「色魔(しかま)さん」などがあります。今売り出し中の広島カープの梵(そよぎ)選手も変わった苗字ですね。

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薬袋さん1 薬袋さんの謎2です。

 山梨県南巨摩郡早川町に「薬袋」という地名があります。そこから出た薬袋さんが武田氏に仕えたのだろうというのは確かなことのようです。

早川町の伝説より=お姫さま伝説

 昔、都にたいそう美しいお姫さまがおった。良縁も決まったのに病気となった。お祈りすると夢のお告げに「東へ行って高い山に登り七つの池につかると病はなおる」という。東へ旅して七面山に登り池にもつかったが無理がたたって死んでしまった。都の婚約者が後を追ってくる。早川の山の中で村人に「姫は来たか」とたずねると「こなあ(来ません)」と答えた。そこを今小縄(こなわ)という。さらに進んで村人に「姫を見たか」と尋ねると「見ない」という。がっかりした婚約者は、姫の病気を治そうと持ってきた薬の袋を破り捨ててしまった。それで、その地を「薬袋」と書いて「みない」と言うようになったとさ。

薬袋さん2 来ませんの時が方言で「見ない」の時が標準語なのが笑えます。

地名「激流」「侵食地形」「川辺」説 『地名用語語源辞典』東京堂出版より

水のみなぎりあふれる激流の意味から。皆木・三奈木・美袋のミナギが転じてみない=薬袋に。なぜ美が薬の字になったかは不明。

水(み)薙(なぎ)で川による浸食地形を示すという説。

み(水)な(助詞)き(接頭辞)で「川辺」の意味という説。

私はこの地名説が本当に近いのかもと考えます。「みなぎ」「みなき」が「みない」となり、漢字は後で変わったかあてたものか。でもしっくり説明ができません。そこでいろいろな説が出てきたようです。私が小学生の時に聞いたのは、織田信長関与説ですが、調べたところどこにも書いてありません。新説なのでしょうか?某有名歌手も登場します。次回ご紹介します。 薬袋さんの謎 続く

薬袋豆腐店=昭島市玉川町3−6−15

薬袋豆腐店の地図はこちら

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May 04, 2006

昭島 薬袋さんの謎1

  まず前回の答から。1=たかなし(鷹がいなけりゃ小鳥も遊べる)2=きのした(「あいうえお」の表で、「き」の下が「くぅ」だから)3=つくも(99はもうすぐ「も=百」に着く。「も」は、これもあれもの「も」のように「たくさん」をあらわし、百を「も」「もも」とも言うので)4=やまなし(山がなけりゃ月も良く見える)5=いちじく(一字の九)

 薬袋さん1

 さて、本題です。昭島市にある豆腐店です。「薬袋豆腐店」です。「薬袋」をなんと読むのかそしてそれはなぜか、という「薬袋さんの謎」を追います。

 そんな他人の姓、苗字より自分の苗字のことが気になると言う人は、自分の姓の人数が全国何位で日本全国で何人いるかわかる便利なサイトをご紹介します。

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 薬袋さん2

 薬袋さんは、「みない」さんと読みます。昭島市に多い苗字です。福島町に特に多いようです。なぜ薬の袋をみないと読むのか、いろいろな説があります。それをご紹介します。さらに新説=珍説?もご紹介します。

 武田信玄関与説 これが一番有名です。戦国時代のこと。現在の月見里いえいえ山梨=甲斐の国です。信玄がある日大切にしていた薬籠=携帯の薬入れを落としてなくします。「届けた者には褒美をとらす」と領内に高札を掲げて探させると、ある農民が信玄の薬籠を拾って届けます。信玄ひどく喜んで「薬籠の中は見たか」とたずねると百姓「見ません」と答える。信玄は、この百姓に褒美として苗字を与え武士にとりたてた。薬袋の中を見なかったから、薬袋で「みない」という苗字になったというもの。この薬袋さん武田氏滅亡のあと徳川家康に従い、昭島付近を治めるよう命じられた。それで昭島に薬袋さんが多いという説です。

 山梨の甲府の近くにも薬袋さんがいます。戦国時代に信玄の家来の家来が名乗り始めたというもの。住んでいたところが昔から無病長寿の里で、富山の薬売りが持ってくる薬袋を見たことがないからという「富山の薬売り」説です。

  どちらも戦国時代起源説ですが、実は戦国時代にすでに複数の「薬袋家」がありますので、あやしい説です。

薬袋さん 薬袋豆腐店の薬袋さんです。

 薬袋さんの謎はまだ次回に続きます。

そこでまた問題です。苗字の読み方です。

なんと読むでしょう。1=一  2=い 3=白 4=浮気 5=四月一日

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February 17, 2006

昭島 おいしいラーメン ○決(まるひろ)

まるひろ外観 昭島市玉川町、○決=まるひろです。中華麺=ラーメン専門店です。JR東中神駅南口にあります。くじらロードの先・スーパー紀伊国屋の先にあります。

 それにしても「まるひろ」とは読めません。音読みは,したくないですし、訓読みしても「まるぎめ」です。

 

 

まるひろ入り口 「昔ながらの中華そば まるひろ」とあります。

 入り口です。午後1時頃に行きました。混んでいましたが、並ばずに入れました。お客さんは次々と来ていました。

 

 

○ひろ店内

 別の日に開店前に店内を撮影しました。

きれいに掃除されていました。

 カウンター席に10名くらい座れます。

 

 

○ひろ座敷

 入り口右に、座敷があります。丸テーブルがあります。こちらにも今度座ってみたいです。

 

 

 

 

○ひろメニュー

 メニューです。「つけ麺」も人気のようです。

 

 

 

 

まるひろラーメン  中華麺 中盛を頼みました。600円です。

 あっさりした和風の醤油味です。良い香りがします。澄んだスープがおいしいです。麺もおいしいですが、特にスープが濃すぎず薄すぎず残さず頂きました。飽きのこない味だと思います。

 

「昔ながらの中華そば」と書いてあったためか、懐かしい味がしました。食べ終わって、体に幸せ感が広がりました。

 

まるひろ坂本さん 店長の坂本さんです。坂本決(ひろし)さんです。そうです。店名の由来は、店長さんの名前に丸をつけたものだったのです。

○決 昭島市玉川町1−4−13

午前11時30分から午後7時30分まで(材料がなくなり次第閉店)   定休 木曜日と第二第四水曜日

○決=まるひろの地図はこちら

お願い:お店で「昭島福生立川通信」を見ましたとお伝えください。

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January 28, 2006

昭島 高級スーパー 紀伊国屋


東中神南口駅前 昭島市JR東中神の南口のクジラのネオンです。

面白いので撮影してみました。

 

 

クジラロード その南側にある「くじらロード」です。

昭島のシンボルのくじらは、いたるところに使われています。

 

 

紀伊国屋入り口  スーパー紀伊国屋・東中神店の入り口です。

ほかには無い珍しい食材や少し高級なものが置いてあります。

 

 

 

紀伊国屋店内1  店内の様子です。

 おかずやお弁当も売っています。

 おいしいですがやや高めです。

 

 

紀伊国屋店内2 これも紀伊国屋の売り場の様子です。

 実は、昔「紀伊国屋」と聞いて「本屋」と間違えてしまったことがあります。もちろん、記者が無知なだけでした。

 

 

 

紀伊国屋店内3

紀伊国屋東中神店 (日用雑貨店)

昭島市玉川町1−3−1

営業 午前9時から午後8時

 

紀伊国屋の地図はこちら

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