July 31, 2006

福生の由来

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はげみになります。

 2月に福生市役所の記事で「福生」の由来について次のように書きました。

 

福生の由来「諸説ありますが、有力なのが「麻=ふさの生える地」。他に「阜沙=陸の丘で細かい砂のある川岸」説。アイヌ語説「湖口=ふち」の「かたほとり=ちゃ」。これだと「フッチャ」になるけど。 アイヌ語で「湧き水=ブッセ」説など。アイヌ語説があるということは、大昔アイヌの人がこのあたりまで来ていたということなのでしょう。

 ところが「福生市ホームページに下記の記述を見つけました」

■福生は領土防衛の最前線
 室町時代・15世紀の福生周辺の有力な支配者として、青梅方面の三田氏と秋川方面の小宮氏がいました。小宮氏は武蔵武士団の一つ西党日奉(ひまつり)氏の一族で、支配した地域を小宮領と称します。勢力範囲は、中心地の秋川流域から多摩川の対岸の福生周辺まで含むものであったと考えられます。 つまり、福生は小宮氏の武蔵野方面進出最前線、もしくは北部方面防衛最前線といった軍事上、重要なポイントに位置していたわけです。


 このような歴史的背景と「ふっさ」という呼び方から「福生(ふっさ)」の地名の成り立ちを考えた研究があります。この説によると、「ふっさ」とは北方から来る敵を防ぐ土地であって、それは北方を「ふさぐ」要衝の地を意味する呼び方です。「ふさぐ」は「ふたぐ」ともいい、「ふた」は文字で書くと蓋ということになります。『地名用語語源辞典』によれば、「ふた」は動詞「ふたぐ(塞)」の語幹で、塞がれたような地形をいうか、ふた(蓋)に通ずるといわれます。そして「ふた」を発音する場合、「ふ」にアクセントがつくと「ふった」となり、「ふった」を繰り返していったり、強くいったりすると「ふっちゃ」と聞こえるようになるといわれています。


 江戸時代の地誌『武蔵名勝図会(ずえ)』は「福生」の呼び方を土地の人は「ふっちゃと唱う」と記していますが、現在も地域の古老たちは「ふっさ」を「ふっちゃ」「ふっつぁ」などと呼んでいます。このことからも古くは「福生」を「ふっちゃ」と呼んでいたのではないかと考えるわけです。   以上福生市ホームページより

 

 「フッチャ」「フッツァ」ですか。「福生北部方面防衛最前線説」です。なかなか面白い説です。「薬袋さんの謎」に登場した三田氏まで登場しています。同じ三田氏なのでしょうか?

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akishima123 at 07:41│Comments(0)TrackBack(0)

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